大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)3178号 判決 1982年1月28日
原告(反訴被告)
株式会社大西商会
ほか一名
被告(反訴原告)
真谷正男
ほか一名
主文
1 別紙交通事故目録記載の交通事故に基づき、原告ら(反訴被告ら)が被告(反訴原告)真谷正男に対してそれぞれ負担する損害賠償債務は存在しないことを確認する。
2 右交通事故に基づき、原告ら(反訴被告ら)が被告(反訴原告)真谷満雄に対してそれぞれ負担する損害賠償債務は九三万四六〇〇円及びこれに対する昭和五五年七月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を超えないことを確認する。
3 原告ら(反訴被告ら)の被告(反訴原告)真谷満雄に対するその余の請求を棄却する。
4 原告ら(反訴被告ら)は被告(反訴原告)真谷満雄に対し、各自九三万四六〇〇円及びこれに対する昭和五五年七月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
5 被告(反訴原告)真谷満雄のその余の反訴請求及び被告(反訴原告)真谷正雄の反訴請求をいずれも棄却する。
6 訴訟費用は本訴反訴を通じて被告ら(反訴原告ら)の負担とする。
事実
第一申立
(本訴)
一 原告ら(反訴被告ら、以下単に原告らという)
1 主文第1項同旨
2 別紙交通事故目録記載の交通事故に基づき、原告らが被告(反訴原告)真谷満雄(以下単に被告満雄という)に対してそれぞれ負担する損害賠償債務は九〇万六二七九円を超えないことを確認する。
3 訴訟費用は被告ら(反訴原告ら、以下単に被告らという)の負担とする。
二 被告ら
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(反訴)
一 被告ら
1 原告らは被告(反訴原告)真谷正男(以下単に被告正男という)に対し、各自七三六万一八三〇円及び内六二一万四二四〇円を対する昭和五五年七月一九日から、内五四万七五九〇円に対する昭和五六年一〇月一四日から、内六〇万円に対する本判決言渡の翌日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 原告らは被告満雄に対し、各自三三四万四五一〇円及び内三〇四万四五一〇円に対する昭和五五年七月一九日から、内三〇万円に対する本判決言渡の翌日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
4 仮執行宣言
二 原告ら
1 被告らの反訴請求をいずれも棄却する。
2 反訴費用は被告らの負担とする。
第二主張
(本訴)
一 請求原因
1 事故の発生
別紙交通事故目録のとおり
2 責任
本件事故につき、原告(反訴被告)岡野英規(以下単に原告岡野という)には民法七〇九条、原告(反訴被告)株式会社大西商会(以下単に原告会社という)には自賠法三条の各責任がある。
3 損害
(一) 治療経過
(1) 被告正男は、本件事故により頸部捻挫の傷害を負い、森田医院に昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年五月二七日まで通院し、一旦中止後再び同年九月五日から同年一一月二二日まで通院し(延べ日数三九二日、実通院日数二三三日)、宮田接骨療院に同年三月三日から同年九月五日まで通院し(実通院日数八五日)、国立大阪病院に同年五月一三日及び同年八月二九日の二日通院し、城東中央病院に同年八月三〇日通院した。
(2) 被告満雄は、本件事故により頸部捻挫、左膝挫傷の傷害を負い、森田医院に昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年五月二七日まで通院し(延べ日数二一三日、実通院日数一六三日)、宮田接骨療院に同年三月一一日から同年六月三〇日まで通院し(実通院日数三七日)、国立大阪病院に同年五月一三日通院した。
(二) 治療費
(1) 被告正男
(イ) 前記森田医院分 九三万九五八五円
(ロ) 同宮田接骨療院分 三七万二八〇〇円
(ハ) 同国立大阪病院分 七九一〇円
(ニ) 合計 一三二万〇二九五円
(2) 被告満雄
(イ) 前記森田医院分 五二万三〇三〇円
(ロ) 同宮田接骨療院分 一六万三一〇〇円
(ハ) 合計 六八万六一三〇円
(三) 休業損害
(1) 被告正男 一三二万三二八五円
(イ) 年収(申告額) 一二三万二一四〇円
(ロ) 休業日数(前記通院総延べ日数) 三九二日
(ハ) 計算 一二三万二一四〇÷三六五×三九二
(2) 被告満雄 四五万六二七九円
(イ) 年収(昭和五二年賃金センサス男子一七歳) 一〇一万五五〇〇円
(ロ) 休業日数(前記通院総延べ日数) 二四六日
(ハ) 減収割合 三分の二
(ニ) 計算 一〇一万五五〇〇円÷三六五×二四六×2/3
(四) 慰謝料
(1) 被告正男 八〇万円
(2) 被告満雄 六〇万円
(五) 合計
(1) 被告正男 三四四万三五八〇円
(2) 被告満雄 一七四万二四〇九円
4 填補額
(一) 被告正男
(1) 治療費 前記一三二万〇二九五円全額
(2) その他既払額 二六三万四七三〇円
(3) 合計 三九五万五〇二五円
(二) 被告満雄
(1) 治療費 前記六八万六一三〇円
(2) その他既払額 一五万円
(3) 合計 八三万六一三〇円
5 よつて、原告らは、被告正男に対しては既に五一万一四四五円の過払、被告満雄に対しては九〇万六二七九円の未払があることになるところ、被告らはこれを争い、さらに支払を要求するので、本訴に及んだ。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2は認める。
2 同3(一)は認めるが、被告らは後記反訴請求原因3(一)記載のように右以降も入通院をしている。
同3(三)ないし(五)は争う。
3 同4(一)(1)ないし(3)につき、通院治療費が填補ずみであること、被告正男が原告らから二五〇万円の支払をうけたことは認めるが、その余は争う。
同4(二)(1)ないし(3)につき、通院治療費が右同様填補ずみであることは認めるが、その余は争う。
三 抗弁
後記反訴請求原因と同様
四 抗弁に対する認否
後記反訴請求原因に対する認否と同様
(反訴)
一 請求原因
1 事故の発生
別紙交通事故目録のとおり
2 責任
本件事故につき、原告岡野には民法七〇九条、原告会社には自賠法三条の各責任がある。
3 損害
(一) 傷害
(1) 被告正男は、本件事故により頸部捻挫の傷害を負い、森田医院に昭和五二年一〇月二七日から現在まで通院し、宮田接骨療院に昭和五三年三月三日から同年九月六日まで通院し(実治療日数八六日)、国立大阪病院に同年五月一三日、同年八月二九日、同月某日二日間の計四日通院し、城東中央病院に同年八月一七日から同月二九日まで入院し、同月三〇日通院した。
(2) 被告満雄は、本件事故により頸部捻挫、左膝挫傷の傷害を負い、森田医院に昭和五二年一〇月二七日から昭和五四年一二月三日まで通院し(日数七六九日、実通院日数一七〇日)、宮田接骨療院に昭和五三年三月一一日から同年六月三〇日まで通院し(実通院日数三七日)、国立大阪病院に同年五月一三日通院した。
(二) 治療費
(1) 被告正男 四〇万七四五〇円
(イ) 森田医院 三七万二〇七〇円
ただし、昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年一一月二二日までの治療費は原告らにおいて負担したので、同年一一月二四日から昭和五六年九月分までの治療費
(ロ) 城東中央病院 三万五三八〇円
(2) 被告満雄 二九一〇円
ただし、昭和五三年五月二七日までの治療費は原告ら(反訴被告ら)において負担したので、同月二八日から昭和五四年一二月三日までの森田医院通院治療費
(三) 入院雑費(被告正男) 九一〇〇円
城東中央病院入院期間中、一日七〇〇円の割合による一三日分
(四) 付添費(被告正男) 五万五二二〇円
城東中央病院入院期間である一三日間のうち、四日間は職業的付添人(二万八二二〇円)、九日間は被告正男の妻(二万七〇〇〇円、一日三〇〇〇円の割合で九日)が付添つた。
(五) 交通費
(1) 被告正男 一七万円
昭和五三年一一月二三日から昭和五六年九月末まで一か月五〇〇〇円の割合による三四か月分の森田医院への通院交通費
(2) 被告満雄 四万一六〇〇円
(イ) 森田医院 実通院日数一七〇日間につき一日金二〇〇円の割合 三万四〇〇〇円
(ロ) 宮田接骨療院 実通院日数三七日間につき一日二〇〇円の割合 七四〇〇円
(ハ) 国立大阪病院 通院一日につき二〇〇円
(六) 休業損害
(1) 被告正男
被告正男は本件事故当時四八歳の健康な男子で塗装業を営んでいた。被告正男のごとき小規模な企業主の休業損害、逸失利益を算定するに際しては、経理関係帳簿等の不備は通常見受けられる現象である実情に鑑み、同性同年齢の一般労働者の平均賃金を基礎として算出するのが妥当である。従つて、被告正男の休業損害(一か月当り)は昭和五二年賃金センサス第一巻第一表の産業計企業規模計学歴計の年齢別平均給与額(平均月額)一覧表による四八歳の平均給与月額三一万一六〇〇円をもつて相当とする。
被告正男は、本件事故発生時から昭和五三年一一月下旬までの一三か月間は就労不可能であり(もつとも塗装の現場監督的業務には従事したことはある)、そのころから就労を開始したものの、ほとんど毎日森田医院に通院することを余儀なくされていたため、現在にいたるまで月間所得は半減している状態が継続している。従つて、昭和五三年一一月二七日以降の休業損害は右平均賃金の五〇パーセントに該当する月額一五万五八〇〇円をもつて相当とする。
(イ) 昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年一一月二六日まで(一三か月) 三一万一六〇〇円×一三か月=四〇五万〇八〇〇円
(ロ) 昭和五三年一一月二七日から昭和五五年七月一七日まで(一九か月二一日) 一五万五八〇〇円×一九か月+一五万五八〇〇円÷三〇日×二一日=三〇六万九二六〇円
(ハ) 右合計 七一二万〇〇六〇円
(2) 被告満雄
被告満雄は本件事故当時一六歳の健康な男子で被告正男のもとで塗装業に従事しており、左記のとおりの月額賃金を支給されていた。
昭和五一年四月ないし六月分 月八万円
同年七月ないし九月分 月一〇万円
同年一〇月ないし一二月分 月一五万円
昭和五二年一月ないし一〇月分 月二〇万円
被告満雄は本件事故発生時から昭和五三年五月二七日までほとんど毎日のごとく森田医院に通院し、就労は全く不可能であつた。のみならず同月二八日から六か月間は五〇パーセントの労働能力を喪失した。
従つて、被告満雄の休業損害は左のとおりとなる。
(イ) 昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年五月二七日まで(七か月) 二〇万円×七か月=一四〇万円
(ロ) 昭和五三年五月二八日から同年一一月二七日まで(六か月) 二〇万円×五〇÷一〇〇×六か月=六〇万円
(ハ) 右合計 二〇〇万円
(七) 慰藉料(入通院分)
(1) 被告正男 一五〇万円
通常入院一三日、通院四七か月
(2) 被告満雄 一〇〇万円
通院二五か月
(八) 弁護士費用
(1) 被告正男 六〇万円
(2) 被告満雄 三〇万円
(九) 合計
(1) 被告正男 九八六万一八三〇円
(2) 被告満雄 三三四万四五一〇円
4 損害の填補
被告正男は、昭和五三年一一月二二日までの治療費を除く既払額として二五〇万円を原告らから受領した。
5 よつて、原告らに対し、被告正男は各自前記3(九)(1)の損害合計から前記4の填補金を控除した七三六万一八三〇円及び内六二一万四二四〇円に対する反訴状送達の翌日である昭和五五年七月一九日から、内五四万七五九〇円に対する昭和五六年一〇月一四日から、内弁護士費用六〇万円に対する本判決言渡の翌日から、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告満雄は各自前記3(九)(2)の損害合計三三四万四五一〇円及び内弁護士費用を除く三〇四万四五一〇円に対する反訴状送達の翌日である昭和五五年七月一九日から、内弁護士費用三〇万円に対する本判決言渡の翌日から、いずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2は認める。
2 同3は争う。
3 同4につき、被告正男が昭和五三年一一月二二日までの治療費を除き、原告らから受領したのは二六三万四七三〇円である。
三 抗弁
原告らは、本件事故の損害賠償金として、昭和五三年一一月二二日までの治療費以外に、被告正男に対し二六三万四七三〇円を、被告満雄に対し一五万円をそれぞれ支払つた。
四 抗弁に対する認否
被告正男が右治療費以外に二五〇万円の支払を受けたことは認めるが、その余は争う。
第三証拠〔略〕
理由
(まず、反訴について)
一 請求原因1、2は当事者間に争いがない。
二 損害
1 被告正男
(一) 入通院経過
成立に争いのない甲第二号証の一ないし四、第三号証、第七ないし第二〇号証、乙第一ないし第五号証、第六号証の一、二、第七号証の一ないし一八、第八号証の一、二、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一号証の一ないし一三、第一二号証、第一五号証の一ないし四、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第六号証の一、二、証人川後吉也の証言、これにより成立の認められる甲第三一号証、被告ら各本人の供述(各一部)、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告正男は、本件事故後、森田医院に頸部捻挫との診断により昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年五月二七日まで(実日数一七〇日)通院したが、当初のレントゲン検査によるも頸部等に特段の器質的な異常は認められず、本人の愁訴に基きもつぱら頸部の湿布、鎮痛剤、ビタミン剤等の投与による治療が継続され、同年一月三一日現在では「頸部捻挫、後頸部より背部、肩に及ぶ鈍痛が尚続いている。時々頭重感が強い。」との診断を、同年三月三一日現在では「頸部捻挫、後頸部より背部、肩、上肢に鈍痛あり、疼痛の程度はかなり軽減している。」との診断を、同年五月二七日現在では「頸部捻挫、尚軽度の後頸部痛をのこす程度に快復する。」との診断をうけ、右同日通院治療は中止されたこと
(2) 同被告は、宮田接骨療院には、昭和五三年三月三日から同年八月一七日まで(実日数七九日)通院したが、右同日には「頸部捻挫、頸部両側から背部、肩後部にかけて放散痛を訴え重量感が続く。腰部捻挫、腰部両側から大腿足底にかけて鈍痛及びしびれ感があり、前後屈、捻転時に疼痛を訴える。」との診断をうけて中止転医していること
(3) 同被告は、昭和五三年八月一七日城東中央病院に転院し諸症状を訴えたところ、脳底動脈循環不全症の疑いとの診断により入院したものの、脳脈、血液、尿等の各検査所見によるも特段の異常もなく、また頸椎レントゲン撮影によるも病的なものはないとの診断がなされたこと、入院中医師に対し自分の症状は本件事故によるむちうち症である旨主張し内科的治療をしようとする医師とトラブルをおこし、精神的にも不安定で、ヒステリーの可能性が大との診断を下され、医師の指示に従わず他の患者等にも迷惑をかける等して療養態度も悪いため、同月二九日強制退院させられ、翌三〇日同病院に通院するもまた医師と衝突し、カルテには「クレイジー、患者が何を言つているのか理解できない」等と記入され、精神安定剤を与えられて帰されていること
(4) この間、同被告は、国立大阪病院にも赴き、昭和五三年五月一三日には「頸部捻挫。項部痛、めまい感、睡眠障害、腰痛両足底痛の訴へがあります。理学的所見では頸部後屈時に疼痛、陽性。神経学的所見では特に異常を認めません。頸椎XIPで第四、第五頸椎に軽度の変化を認めます。」との診断を、同年八月二九日には「頸部捻挫。頸部痛及び腰痛の訴へがあります。神経学的には特に異常を認めませんが、頸部運動時の疼痛が残存しております。」との診断をそれぞれ受けていること
(5) そして、城東中央病院退院の翌日である昭和五三年八月三〇日には、再度宮田接骨療院に通院を開始し、同年九月五日まで(実日数六日)通院し、同日現在で「腰部捻挫、腰部から両臀部にかけての鈍痛残存。頸部捻挫、頸部から両肩関節にかけて放散痛、頭痛が続いている。」との診断をうけて同日転医したこと
(6) 最後に、前同日、再び森田医院に通院を開始し、以後、頸部レントゲン検査等に特段の異常所見もみあたらないにもかかわらず、頸部痛、頭重感等を訴え、低周波、湿布、鎮痛剤や精神安定剤等の投薬による治療が継続され、今日に至つていること
(7) 本件事故は、被告正男運転の被害車と原告岡野運転の加害車が正面衝突したもので、右事故による被害車の破損はその前部が凹んだ程度のものであり、原告ら側では、右事故の程度態様からみて、被告らの通院が長びき、休業していると称してさしたる根拠も示さず休業損害を請求し続けることに疑念を抱き、昭和五三年二月ころ調査して被告正男が就労している事実をつきとめたが、右発覚後も被告らは休業しているとして原告ら側の示談の申し入れにも応じなかつたため、同年一一月ころ示談交渉は決裂し、原告ら側もその後の治療費については本件事故と関係がないとして負担を拒否したところ、被告らは尚も休業損害二〇万円相当の支払を要求して通院を継続したこと
以上のとおり認められ、被告ら各本人の供述中右認定に反する部分はいずれも措信できず、他に右認定を左右する証拠もない。
右認定事実から明らかなように、被告正男は本件事故により頸部捻挫の傷害を負い、当初は後頸部、背部、肩上肢等に鈍痛があるも、森田医院での通院治療により徐々に軽快し、昭和五三年五月二七日ころには軽度の後頸部痛を残す程度に快復し通院も止めていたのに、別に通院していた宮田接骨療院において、同年八月一七日、強度の頸部捻挫のほか腰部捻挫の症状を訴えていたのを転院し、同日城東中央病院に赴き、自己の症状を述べたところ、同病院では脳底動脈循環不全症の疑いとの診断が下され、入院したものの、病名をめぐる医師とのトラブルや療養態度の悪さから強制退院させられ、その後直ちに再び宮田接骨療院に通院してまもなく転医し、最後に当初の森田医院にもどつて通院を再度開始し、今日まで継続しているのである。
そこで、右入通院と本件事故との関係について検討するに、前記認定のように、被告正男の症状については、もつぱら同被告の自覚的愁訴があるのみで、森田医院、城東中央病院、国立大阪病院での諸検査によるも器質的な異常は認められず(ただ、国立大阪病院の昭和五三年五月一三日の診断では第四、第五頸椎に軽度の変化を認めるとされているが、これに先立つ事故直後の森田医院でのレントゲン検査では右変化が発見されておらず、その後の城東中央病院や二度目の森田医院への通院当初での検査も異常は認められず、右国立大阪病院の同年八月二九日の診断でも右異常について触れられていないこと等からみて、先の診断の結果と本件事故との因果関係はただちにこれを認め難い。)、森田医院で軽度の痛みを残す程度に快復したとされたのちの宮田接骨療院での同月一七日現在の診断のなかに、腰部捻挫の症状が現われるのであるけれども、従前森田医院では全く腰部の症状を訴えた形跡はなく、通常頸部捻挫から腰部捻挫に病状が波及するとは考えられないうえに、被告正男がヒステリー性格である可能性が大きく、また、森田医院への再度の通院開始後の治療は注射投薬等いわゆる対症療法のくり返しにすぎず、存在すると主張する症状の改善のきざしもみられないにもかかわらず、延々通院三年に及んでいる不自然不合理性のほか、前記事故の態様程度、被害車に同乗していた被告満雄の後記認定の傷害の程度症状との対比に加え、成立に争いのない甲第三号証と被告正男本人の供述により認められる事実、すなわち、被告正男は城東中央病院入院の当日あるいは前日に自動車を運転して電柱に接触する事故をおこし、これを原告ら側に覚知されている事実をもあわせ考慮すると、本件事故による被告正男の傷害は森田医院の当初の通院を中止した昭和五三年五月二七日以後おそくとも一か月後の同年六月二六日までには治ゆし、あるいは症状固定し、その症状も軽く特段の通院治療を要しない程度のものと認められ、右以降の入通院については、他の原因によるものか、あるいは賠償請求に急なあまり同被告の愁訴に誇張があるものとの疑いが濃厚で、その治療の必要性有効性もきわめて疑問視すべきものというべきである。
以上の次第であるから、前同日の翌日以降の入通院治療と本件事故との間に相当因果関係があるものとはいまだ認め難いものといわなければならない。
(二) 右のとおりであるから、被告正男主張の昭和五三年一一月二三日以降昭和五六年九月分までの森田医院での治療費、城東中央病院での治療費、入院雑費、付添費、交通費はいずれも本件事故による損害として認容することはできない。
(三) 休業損害 一一〇万円
被告ら各本人の供述によれば、被告正男は本件事故当時四八歳の男子で、甥の被告満雄を使用し、下請業者も数名かかえて長く塗装業を営んでいたことが認められる。
被告正男の供述中には、右塗装業により昭和五一年度の売上げは八〇〇万円から八五〇万円程、利益は平均月三〇万円位あるとの部分が存するけれども、本来あるべき収支関係の裏付資料の提出がない以上容易に措信し難いので、案ずるに、前記認定から同被告が一応の営業形態を保持し一定の収益をあげていたものと推認でき、前記同被告が原告らに対し要求受領してきた休業補償額が月当り二〇万円程度であつたこと等を考慮すると、同被告の当時の年収は二四〇万円程度と認めるのが相当である。
次に、同被告の供述中には、本件事故後一年間休業し、現実に仕事を再開したのは昭和五四年三月からであつたが、同年度の売上げは事故前の半分以下で、昭和五五年度は半分位である旨の部分が存するけれども、証人川後吉也の証言とこれにより成立の認められる甲第三一号証によれば、被告正男は昭和五三年二月ころにはすでに就労していたことが認められるので、休業期間についての右供述部分は措信できず、また、減収関係についても裏付資料もなく、ただちに措信し難い。
このように、同被告の休業損についての把握はきわめて困難というべきであるが、さりとて何ら損害がなかつたともいえないので、案ずるに、休業期間については、右就労の事実に照らし、本件事故後三か月程度は全休したとして、その後は仕事に従事していたものと推認でき、仕事の量や減収程度については証拠がないので、労働能力の面から検討することとし、前記森田医院での当初の通院治療による症状の軽快に伴い、全休あけ以降徐々に労働能力も回復し、前記治ゆないし症状固定の昭和五三年六月二六日には従前の状態に帰したものと推認できる(仮に症状固定としても、労務にさしつかえる程度の症状とは認め難い。)ので、この期間の労働能力の総計は全体で二分の一と認めるのが相当である。
従つて、右全休期間(昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年一月二六日までの三か月間)の損害は、前記年収額二四〇万円を年間月数一二で除して右全休期間三か月を乗じて得た六〇万円、総計で半休となる期間(同月二七日から同年六月二六日までの五か月)の損害は、年収額二四〇万円を年間月数一二で除し、右半休期間五か月を乗じてさらに二で除した五〇万円となり、休業による損害は右合計一一〇万円と認められる。
(四) 慰藉料 五〇万円
本件事故の態様、傷害の内容程度、事故と因果関係にある前記通院状況、休業の状態等本件の一切の事情を考慮すると、慰藉料は五〇万円を相当と認める。
(五) 合計 一六〇万円
2 被告満雄
(一) 通院経過
成立に争いのない甲第四号証、第二一ないし第二九号証、乙第九号証、第一〇号証の一、二、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第六号証の三、被告ら各本人の供述(各一部)、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告満雄は、本件事故後、頸部捻挫、左膝挫傷との診断により、森田医院に昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年五月二七日まで(実日数一六三日)通院したが、レントゲン検査によつても頸部には器質的な異常は認められず、本人の愁訴に基きもつぱら頸部の湿布、鎮痛剤、ビタミン剤等の投与等による治療が継続され、同年一月三一日現在では「頸部捻挫、左膝挫傷。後頸部より背部、肩に及ぶ鈍痛あり。時に頭重感強し。膝はほぼ治ゆ。」との診断を、同年三月三一日現在では「頸部捻挫、左膝挫傷。膝はほぼよい。後頸部より背部、肩、上肢に鈍痛あり。疼痛の程度はかなり軽減している。」との診断を、同年五月二七日現在では「頸部捻挫、左膝挫傷。尚軽度の後頸部痛をのこす程度に快復する。」との診断をそれぞれ受け、右同日通院治療は中止されたこと
(2) 同被告は宮田接骨療院に同年三月一一日から同年六月三〇日まで(実日数三七日)通院したが、右同日には「頸部捻挫、頸部両側に鈍痛を認め、前後屈、捻挫に軽い疼痛を訴える。腰部捻挫、腰部全体に重量感が残存する。治ゆ見込。」との診断をうけていること
(3) そして、同年五月一三日には被告正男とともに国立大阪病院に赴き、被告満雄は「頸部捻挫。項部痛及び腰痛の訴えがあります。理学的所見では特に異常を認めません。腰椎XIPも特に異常を認めません。尚上記症状は現在消失しているとのことです。」との診断をうけていること
(4) ところが、同年一二月二日再び森田医院に頸部捻挫ということで通院を開始し、これが昭和五四年二月一三日まで(実日数七日)続いたこと
以上のとおり認められ、被告ら各本人の供述中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を左右する証拠はない。
そこで、右通院と本件事故との関係について検討するに、右認定のように、被告満雄の症状については、左膝挫傷の点は早い段階で治ゆしており、頸部捻挫並びに宮田接骨療院及び国立大阪病院で訴えている腰部捻挫の点は、もつぱら同被告の自覚的愁訴あるのみで、諸検査による器質的な異常所見は認められず、昭和五三年五月一三日の国立大阪病院の診断の際には、すでに右症状は消失しており、同月二七日は森田医院で、同年六月三〇日には宮田接骨療院で、軽快あるいは治ゆ見込との診断をうけて通院を中止していること、そして、被告満雄が森田医院への同年五月二七日までの通院については被告正男と同時に通院を中止し、宮田接骨療院への同年三月一一日から同年六月三〇日までの通院期間及び国立大阪病院での同年五月一三日の診療についても行動をともにしていたことや同年一一月ころ原告らと被告らの示談の話が決裂したのち、突然被告満雄が同年一二月二日森田医院に通院を再開したものの、昭和五四年二月一三日までの実際の通院日数はわずか七日間であり、しかも、右再通院の理由について、被告満雄本人の供述では腰に痛みがきたことを挙げているのに、右医院のカルテには頸部痛の愁訴の記載はあるも腰部痛については何ら触れられていないこと等の事実からすると、被告満雄の本件事故による傷害は、おそくとも宮田接骨療院への通院を中止した昭和五三年六月三〇日には治ゆしたものと認めるのが相当であり、それ以降の通院については、おじである被告正男と行動をともにしたにすぎないものかあるいは示談交渉決裂に起因するものとの疑いが濃厚で、治療の必要性があつたものとは認め難く、本件事故と相当因果関係にあるものとはいい難い。
(二)(1) 右のとおりであるから、昭和五三年五月二七日中止し、同年一二月二日再開した森田医院への通院による治療費等は損害として認容することはできない。
(2) 交通費(本件事故の日から右治ゆの日までの分)
(イ) 森田医院
被告満雄は一日二〇〇円の割合で森田医院への通院交通費を要した旨主張するけれども、同被告本人の供述によれば、森田医院に徒歩で通院したことが認められるので、右事実によれば通院交通費を要したとは認め難い。
(ロ) 宮田接骨療院 七四〇〇円
同院への実通院日数が三七日間であつたことは前記認定のとおりであり、被告満雄本人の供述及び弁論の全趣旨によれば、同院への交通費として少くとも二〇〇円を要したことが認められるので、右通院交通費としては、同被告主張のとおり七四〇〇円と認められる。
(ハ) 国立大阪病院 二〇〇円
被告満雄が国立大阪病院に一日通院したことは前記認定のとおりであり、弁論の全趣旨によれば、右通院費用として、同被告主張のとおり二〇〇円程度は要したものと認められる。
(ニ) 合計 七六〇〇円
(三) 休業損害 六七万七〇〇〇円
被告ら各本人の供述によれば、被告満雄は本件事故当時一六歳の男子で、中学卒業後おじの被告正男に使用されて塗装業務に従事していたこと、本件事故後転職し、ガードマンや土木作業員をしたことが認められる。
被告満雄は、被告正男から昭和五一年四月から六月まで月八万円、七月から九月まで月一〇万円、一〇月から一二月まで月一五万円、昭和五二年一月からは月二〇万円の給与を支給されていた旨主張し、被告ら各本人の供述や乙第一三号証の一ないし九、第一四号証の一ないし一〇には右に沿うかのごとき部分が存するけれども、右各号証の存在自体及び被告正男の供述によれば、昭和五一年の日付のある領収証である乙第一三号証の一ないし九が、昭和五二年の日付のある乙第一四号証の一ないし一〇よりも新しく、いずれも同一のボールペンで同一様に記載されていることが認められ、右作成経過について被告正男と同満雄の供述が矛盾する等不審な点があることからすると、右各供述及び右各号証の記載内容が被告満雄の給与内容をそのまま反映しているものとは認め難く、他に被告満雄主張の給与額に関する事実を認めるに足る証拠もない。
そこで、案ずるに、給与額に関し適確な資料がない以上、賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計小学新中卒男子労働者一七歳までの昭和五二年平均給与額年間一〇一万五五〇〇円をもつて、本件事故当時の被告満雄の給与額と認めるのが相当である。
次に、被告満雄は、本件事故当日から昭和五三年五月二七日までは就労不可能でこの間七か月全休し、その翌日から同年一一月二七日まで六か月間労働能力は半減していた旨主張し、同被告の供述中には昭和五四年二月ころまで仕事はしていない旨供述しているけれども、前記認定のように、同被告はおそくとも昭和五三年六月三〇日までには治ゆしていたもので、前記雇い主の被告正男が事故後三か月程度全体していたことやその後被告満雄が転職していることからみて、その職種や転職に要する適当な期間を考慮すると、本件事故後八か月間は全休期間として容認しうるとしても、それ以後については就労可能であつたというべく、仮にその後現実に就労しなかつたとしても、原告らにおいて負担すべき本件事故と相当因果関係にある損害とはなし難い。
従つて、右全休期間の損害は、前記年収額一〇一万五五〇〇円を年間月数一二で除して右期間八か月を乗じて得た六七万七〇〇〇円と認めるのが相当である。
(四) 慰藉料 四〇万円
本件事故の態様、傷害の内容程度、事故と因果関係にある前記通院状況、休業の状態等本件の一切の事情を考慮すると、慰藉料は四〇万円を相当と認める。
(五) 合計 一〇八万四六〇〇円
三 填補
1 被告正男
原告らが同被告に対し、昭和五三年一一月二二日までの治療費以外に、二五〇万円を支払つたことは当事者間に争いがない。(原告らは、二六三万四七三〇円支払つた旨主張するけれども、右二五〇万円を超える部分の支払についてこれを認めるに足る証拠はない。)
2 被告満雄
成立に争いのない甲第二一ないし第二八号証、第三〇号証の一、二、弁論の全趣旨によれば、原告らから同被告に対し、昭和五三年六月三〇日までの治療費以外に、金一五万円を支払つたことが認められる。
四 弁護士費用
1 被告正男
同被告の場合、前記のように填補額が損害額を大幅に上まわつており、その反訴請求は失当であるから弁護士費用は認められない。
2 被告満雄
同被告の場合、前記のように損害額と填補額との差額たる認容額が九三万四六〇〇円であるところ、反訴提起前原告らが被告満雄に対する本件事故による損害賠償債務として少くとも九〇万六二七九円の存することを自認していたのは当裁判所に顕著であるから、右自認額と前記認容額にさほどの差がないこととなつて、かような事実関係の下においては、被告満雄が反訴提起にあたつて弁護士選任を余儀なくされたものとは認め難いので、その弁護士費用をして本件事故に起因する損害とは為し得ない。
五 以上の事実によれば、被告正男の反訴請求は理由がないから棄却し、被告満雄の反訴請求は、前記二2(五)の金額から前記三2の金額を控除した九三万四六〇〇円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和五五年七月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとする。
(本訴について)
一 請求原因1、2は当事者間に争いがない。
二 損害
1 被告正男
(一) 入通院経過
前記反訴理由二1(一)と同様
(二) 治療費
前記反訴理由二1(二)と同様
成立に争いのない甲第七ないし第二〇号証、弁論の全趣旨によれば、昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年一一月二二日までの森田医院への通院治療費として九三万九五八五円、同年三月三日から同年九月五日までの宮田接骨療院への通院治療費として三七万二八〇〇円、同年五月一三日及び同年八月二九日の国立大阪病院への通院治療費として七九一〇円を要したことが認められる。
(三) 休業損害
前記反訴理由二1(三)と同様
(四) 慰藉料
前記反訴理由二1(四)と同様
2 被告満雄
(一) 通院経過
前記反訴理由二2(一)と同様
(二) 治療費等
前記反訴理由二2(二)と同様
成立に争いのない甲第二一ないし第二九号証、弁論の全趣旨によれば、昭和五二年一〇月二七日から昭和五三年五月二七日までの森田医院への通院治療費として五二万三〇三〇円、同年三月一一日から同年六月三〇日までの宮田接骨療院への通院加療費として一六万三一〇〇円を要したことが認められる。
(三) 休業損害
前記反訴理由二2(三)と同様
(四) 慰藉料
前記反訴理由二2(四)と同様
三 填補
1 被告正男
(一) 前記二1(二)後段の治療費が填補ずみであることは当事者間に争いがない。
(二) 反訴理由三1と同様
2 被告満雄
(一) 前記二2(二)後段の治療費が填補ずみであることは当事者間に争いがない。
(二) 反訴理由三2と同様
四 以上の事実によれば、原告らの被告正男に対する本訴請求は理由があるから認容し、被告満雄に対する本訴請求は、本件事故による各損害賠償債務が九三万四六〇〇円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和五五年七月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を超えないことの確認を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとする。
(結論)
よつて、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、仮執行宣言の申立についてはその必要がないものと認めてこれを却下し、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢延正平)
(別紙) 交通事故目録
1 日時 昭和五二年一〇月二七日午前七時三〇分ころ
2 場所 大阪府四条畷市上田原一五二二番地先路上
3 加害車 普通貨物自動車(大阪四五な四四九一)
右運転者 原告岡野
4 被害車 普通貨物自動車(大阪四〇か四四一九)
右運転者 被告正男
右同乗者 被告満雄
5 態様 加害車が被害車に正面衝突したもの
6 傷害
(一) 被告正男 頸部捻挫
(二) 被告満雄 頸部捻挫、左膝挫傷